「食育」の真の目的

2008年、小中学校の学習指導要領に初めて「食育の推進」が盛り込まれた。

「三つ子の魂百まで」と言われるように、成人してから食習慣を改善するのは
なかなか難しい。

服部栄養専門学校校長、服部幸應さんは、今の日本は、6つの「こ食」が問題
と主張する。

「一人で食べる孤食」
「好きなものしか食べない固食」
「パンなど粉製品を多く食べる粉食」
「家族がばらばらに好みの料理を食べる個食」
「量が少ない小食」
「味の濃い料理を好んで食べる濃食」の6つ。

確かに、こんな食生活が続けば、将来の健康体は、残念ながら望めないだろう。

そもそも「食育」とは、最近、耳にするようになった言葉で、昔の辞書を引いても
出てこない。

大体、一昔前の日本の食は、模範的と世界でも注目されていたのである。

嫌いなものは、食べるまで何も与えられなかったし、米食が中心だったから、
おかずも2、3品あった。

3世代が一堂で、それぞれ好む料理が並び、兄弟がそれを競うように食し、
栄養も量もバランスよく取れたのだろう。

よく食べ、大きく育ち、元気に遊び、子供達は、外で思い切りはじけた時代が
あったのである。

「食」という字は、「人」が「良」くなるためにと書く。

健康に育つために、「食育」は不可欠な時代となったが、昔も今も、食べて、
どこに向かって「良」く生きるのか。

生きている以上、生きる目的に向かって、少しでも向上するための「食」で
なければ、食べる意味もなくなってしまう。。。

よく食べ、健康を保つのは、生きる目的を果たすため。

生きる意味を知らされた親鸞学徒の親として、食育も、この根底の目的まで
掘り下げて、ぜひ小中学校の学習要領に取り上げてもらいたいものである☆

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