空気(心)を読む

氷上のチェスと言われるカーリング。
石を所定の円内に入れて点数を競う。

氷の状態によって、石の滑りやすさや曲がり方が変わるから、刻一刻と変化
する氷をいかに読むかで、勝敗が決まるそうだ。

日本代表のリーダー目黒蒔絵は、観察だけでなく「足の裏、投げる時の手の
感覚、ほおに当たる空気でも、変化の予兆を感じ取る」と言っている。

霜など、氷上の微妙な変化によって、摩擦力が加わり、石の動きが変わると
いうから、よほどデリケートな競技なのだろう。

実際、トリノ五輪の女子決勝では、髪の毛1本が落ちていて、そこで石の動きが
変わり、勝敗を分けたというから驚きである。

勝つには、驚異の観察力、経験による読み、洗練された感覚が、ぜひとも必要
になってくる。。。

氷が相手でさえ、こうなのである。

人間相手となると、どうなるか。

「心」は盆の上の卵のように、「ころころ」と変わりづくめだから、「ろ」の字を取って
「こころ」と言われる。

氷上などとは、比べものにならないくらい、常に変化しているのが人間の心。。。

その変わり通しの心を読んで、相手の立場に立ち、適した会話によって成り立って
いるのが人間関係なのである。

もし、千変万化の相手の心が読めなければ、その場はたちまち不穏な空気となり、
近づくどころか、人は離れていくだろう。

だから、常に周囲に気を配り、神経を使わねばならない人間関係ほど疲れるものは
ないと言えるのでなかろうか。

もし「全く疲れない」人ならば、自分の言いたいことだけ言って、少しも周囲に気を
使ってない証拠。。。
「空気の読めない」子供のような人と言われるだけだろう。

氷ならば、読み違えたところで文句は言わぬ。

人間の心は、読み違えたら、一生、仲違いで終わることにもなりかねない。

真実も、言葉によらねば伝わらないが、相手の心はどうなのか。
言動や表情だけでなく、その場の空気を読む敏感さを、ぜひとも身につけて
いきたいものだ☆

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心豊かに。。。

バンクーバー五輪第2日目、注目されていたモーグルの上村愛子は、4位で
惜しくもメダル獲得を逃した。

4大会連続で入賞を果たした成績は見事だが、メダルへの思いは、それだけ
大きく膨らんでいたことだろう。

予選で、自分より上位につけた4人を残して順位は2位。
この瞬間、上村のメダルの夢は、ほぼついえていた。

自ら滑り終え、上位4人の滑りを見届けた、その時の心境をこう語っている。

「(後の)みんなが、失敗するのを願うのは良くないと思ったから、彼女達は
これだから上にいるというのを、しっかり納得したいと思って見ていた」。。。

相手のミスを願っても、自分の順位が上がりたい。
メダルへの執着が強いほど、そんな気持ちになっても無理からぬこと。

しかし、それを善しとしなかったところに、彼女の潔さがある。

前回のトリノ五輪の女子フィギアで、荒川静香が暫定1位で終えた時、まだ
有力選手が演技を控えていた。

確か、その選手はジャンプが得意で、優勝候補の一人だったと思う。

あとの選手の成績如何で、荒川の金メダルか否かが確定する。
しかも、それは、その大会で日本が獲得する唯一のメダルだった。。。

緊迫した最終演技で、滑り始めた他国の選手を、日本の私達はどう眺めていた
だろう。

そして、彼女がジャンプを失敗したとき。。。

皮肉にも、相手が負けないと、自分が勝てない勝負の厳しさに、何かを感じ取った
人は、少なくないのでなかろうか。

あのゴルフのタイガー・ウッズは、決勝戦、あと一打で負けるか勝つかの局面で、
相手がホールに向けて打つ瞬間、「入れ!」と、心で叫ぶと言う。

フツウの凡人なら「はずせ!」と叫ぶことだろう。

相手の不幸の上に、自分の幸せを描きがちだが、そんな貧しい心がけでは何事も、
豊かな人生を歩むことはできないと、改めてつくづく知らされる☆

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金メダル遺伝子

オリンピックのメダリストなど一流選手の能力には、特別な「遺伝子」が関わっていると言う。

人間の身体能力に関わる驚異の遺伝子・・・その名も「金メダル遺伝子」。

「オリンピック遺伝子」については、以前、ブログにも書いたことだが、「金メダル遺伝子」が
あるなんて。。。

これをもって生まれると、金メダル獲得の可能性が広がるらしい。

確かに、若い頃スポーツをやってきた身としては、あるレベルを超えると、センスや運動
能力は、天性の才能と認めざるを得ない。

どんなに気合だ、根性だ、とがむしゃらに頑張っても、これ以上は無理、という力の限界
がある。

それを努力で克服したと言っても、それだけ厳しいトレーニングに耐えうる頑丈な身体に
恵まれた上でのこと。。。

だから、それを体感しているスポーツ選手にとって、この夢のような遺伝子が自分にあると
知れば、こんなに嬉しいことはないだろうし、持たないと知ると、少なからぬショックを受ける
だろう。

なんだか、知りたいような知りたくないような。。。

しかし、どちらにしても「自分を知る」ことは、その特性を伸ばす利点につながる。

ある遺伝子からは、短距離などパワー系競技向きか、マラソンなど持久系競技向きかが
わかるという。

こうした特性を選手の育成に活かす試みも始まっているそうだ。

福島大学陸上部では、監督のもと、トレーニングや競技種目を変更した選手たちが成果を
上げていると言われている。

「自分を知る」。。。
これは、何をするにも大切なこと。

大学を選ぶにも、就職するときも、「自分」は何が好きなのか、何に向いているのか分からねば、
その選択、決断は下せない。

「自分を知る」ことは、生きていく上で、最も大事なことなのだ。

しかし、たとえ遺伝子レベルで自分が分かると言っても、この世に生まれてからのこと。

仏法では、生まれぬ前から未来にわたって「本当の私とは何なのか」を徹底的に教えられる。
「本当の私」がわからねば、「本当の幸せ」にはなれないから。。。

仏法の法の鏡に照らされた「真実の自己」とは何なのか。
すべての人にとって、実はこれが最も大事で知りたいことに違いない☆

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逆風を飛躍に

シモン・アマンは、スイスのスキージャンプ選手。

身長172cmとスポーツ選手にしては、小柄で体重も軽く、スピードが出ないため、
憧れのアルペンスキーヤーになれなかった。

しかし、ジャンプに目覚めた彼は、抜群のバランス感覚で、その才能を開花させる。

ソルトレイクオリンピックでは、スイスにジャンプ競技初の金メダルをもたらし、今年も
金メダル候補の一人である。

大きな体格に恵まれた選手に比べ、筋力、瞬発力などあきらかに劣る小さな彼だが、
軽さを武器に風に乗り、自称「フライヤー」として誰より遠くへ飛んでいく。
体格を少しも不利だと思ったことはないそうだ。

ジャンプは、向かい風をとらえたときに、大きな飛距離が出ると言う。
逆風も不利な条件も、チャンスに変えて、更なる飛躍へつなげていく。。。

何事も、この覚悟が、新境地を開き、持てる力を十分に引き出して、更なる可能性を
広げていくのだろう。

明日から、バンクーバーで冬季五輪。

4年に1度のチャンスに、金メダルをかけてどんなドラマが展開するかわからない。

表彰台に誰が乗るか、メダルの数や色は何かと、つい結果ばかりが注目されがちだが、
夢に向かって、どんな困難も乗り越えた、不屈の精神にまず思いを馳せずにおれないの
である。

そうして、日々不断の鍛錬の辛苦に耐えた結果、今の彼らの栄光があることを忘れては
ならないだろう。

目に見えない膨大なタネマキが、大舞台の裏に隠されているから、勝ち負けを超えた
感動があるに違いない。

開会式が終われば、熱い競技に名残惜しくとも、やがて閉会式を迎え、次の再会は
4年後というオリンピックの祭典で・・こうなのだ。

短い一生、何に命を賭けるのか、知らされた親鸞学徒は、それ以上の精神で、逆風も
チャンスに苦難を乗り越え、不断の努力で光に向かって進むのみ。。。
更に奮起せずにおれなくなるのである☆

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ポニョの世界

「崖の上のポニョ」は、宮崎駿の作品である。

監督自ら構想を練り、細微にこだわり手書きで仕上げた話題作。
先日、テレビ初公開したらしい。

魚の子が人間になる。

アニメの世界では、自由な発想で、奔放な表現ができるから、とてつもない理想や
荒廃も、自在にテーマを選んで描かれる。

訴えたいことは、よくわからなくても、多くの人が求める美しさや元気になるツボを
押さえたものが、ヒットするのだろう。

期待に胸を膨らませ、劇場に入れば、ポップコーンやジュースはつまみのようなもの。
感動で泣いたり、笑ったり、鑑賞の間は、辛い現実も忘れ、別世界に生きることが
できるのだ。

しかし、それもしばしの間。。。

やがて波のような静かさと共に、儚い夢は、ユメと知る。

煩わしい現実から逃れ、こんな幸せなドラマがいつまでも続けば、と余韻に浸るのは、
劇場を去る人だけではないだろう。

何のマンガだったか、未来の人が、仮想の世界を見るヘルメットのようなものをかぶって、
一日中、横になって暮らすシーンがあった。

まるで冬眠しているかのように。。。
おなかがすいたら、見ていた映画をオフにして、起きてくる。
満たされたら、気の向くままに、また仮想の世界に帰っていく。。。

要するに、寝ながら欲求が夢の中で満たされているのである。

人との直接の関わりがないから、煩わしい人間関係に苦しむこともなく、衣食住は満た
されているから、あくせく働くこともない。

これはまさに、「究極の楽」と言えるだろう。

現代人もこんな「楽」を「幸せ」と信じて求めているが、それをようやく手中にした未来人の
姿だった。

しかし、これが「究極の幸せ」と言えるのか、どうか。。。

たとえ仮想の世界で、苦労知らずで育っても、厳しい現実はすぐ目の前に迫ってくる。
そう、この世を去る時・・・次は、どんな世界に移るのか。

「死」は、逃げも隠れもごまかしもきかぬ大問題。

どうやって楽して生きるかも大事だが、やがて死ぬのに、なぜ生きる。

これが、最も知りたい、最も急ぐべき一大事でなかろうか。

世界に誇るどんな映画もテレビも情報も、発せず、聞けず、描けぬ悲劇は、誰も
知りえぬことだから。。。

仏法にしか説かれない真実を、一昨日もテレビ座談会で聞かせて頂いた。

知らされた者しか発信できない「なぜ生きる」。
すべての人に仏縁あれかし、とますます奮起せずにおれない☆

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